FC2ブログ
温泉電気鉄道 -空想の旅へ- 業務日誌 ホーム » 上田交通 真田傍陽線 »廃線跡探訪④-22 上田交通 真田傍陽線 本原駅跡(推定)

廃線跡探訪④-22 上田交通 真田傍陽線 本原駅跡(推定)  

上田から北上してきた真田傍陽線が
北東方向の真田線と、北西方向の傍陽線に分岐するのがこの本原駅です。

k_sanada_22_motohara_01.jpg
上田交通 真田傍陽線 本原駅跡(推定) 真田方面を望む

k_sanada_22_motohara_02.jpg
上田交通 真田傍陽線 本原駅跡(推定) 上田方面を望む

当初は北東線開業時の終点として位置付けられていましたが、
前にもご説明したように、伊勢山隧道・神川第二橋梁の難工事で、
伊勢山駅を暫定の終点として開業し、
約2ヶ月後の昭和3(1928)年1月10日にようやく当駅までの延伸にこぎつけました。

駅は2面2線の相対式ホームで、
分岐駅であることから交換設備を有していました。
開業から廃止まで駅員が配置され、切符を販売していました。
駅北側の線路配置は西から留置線・傍陽線・真田線の順となっていて、
北側から駅に進入する直前に傍陽線と真田線が合流していたそうです。

留置線には開業時のホームがあったようで、
南側に信号所を設けて列車交換をしながら、
当駅以北の工事を行っていたそうです。
昭和3(1928)年4月2日に傍陽線が開通すると南側に駅舎が建設されて、
ホームがあったところは区間運転の車両が待機する留置線となったそうです。

昭和15(1940)年頃には青木線で使用していた車両の廃車体が留置線の隣に置かれており、
昭和56(1960)年以降はブリキのスレート板で覆われて放置されていたそうです。

昭和3(1928)年1月10日 当駅開業
昭和3(1928)年4月2日 傍陽線開業と同時に駅舎移転
昭和3(1928)年5月1日 真田線開業
昭和47(1972)年2月19日 真田傍陽線廃止に伴い当駅廃止

k_sanada_22_motohara_03.jpg
本原駅跡推定地横を偶然通りかかった上田バス 真田線 上田駅行。

k_sanada_22_motohara_04-c.jpg
上田電鉄 下之郷資料館にある「本原保線分区」の標示

k_sanada_22_motohara_05-c.jpg
上田電鉄 下之郷資料館にある「本原行」の行先表示板

(掲載写真は平成26年6月9日撮影)


 
スポンサーサイト



category: 上田交通 真田傍陽線

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

リンク

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

最新コメント

▲ Pagetop