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2014年06月の記事一覧

廃線跡探訪②-14 上田丸子電鉄丸子線 信濃石井~下長瀬駅間 踏切跡  

上田丸子電鉄丸子線 信濃石井~下長瀬駅間 踏切跡です。

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上田丸子電鉄丸子線 信濃石井~下長瀬駅間 踏切跡

現在は何の変哲もない交差点(名称は「長瀬北街道」)となっています。
写真を左右に横切る大通りが国道152号線で、
背後に大石橋、奥が下長瀬駅方面となります。
大石橋から終点の丸子町駅までの路盤はほぼそのまま道路に転用されており、
地元住民は現在でもこの道路の事を「電車道(でんしゃみち)」と呼んでいます。

ここにあった踏切は上田丸子電鉄唯一の「昇降式踏切」で、
当時から幹線道路であり、交通量が多かったことが伺えます。
ちなみにこの交差点は、地元では有名な朝夕の渋滞発生地点となっています。

(掲載写真は平成26年6月17日撮影)

category: 上田丸子電鉄 丸子線

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エンドウ製 国鉄 キハ35形900番台 分解整備  

先日、東京遠征時に入手したエンドウ製 キハ35形900番台を整備します。
初めて入手した待望のエンドウ製の車輌です。
動力車をレールに乗せて通電してみましたが、ピクリとも動かず…。
ジャンク品とのことでしたので致し方ないか…。

早速バラしてみます。

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車体と動力台車を分離。サイドの爪を浮かせながら慎重に外しました。

その後、動力台車を分解。

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すべて分解して、埃等を綺麗に清掃。これで一度組んでみます。

すると…。ゆっくりと動き出しました!!

よかった。

ステンレス車体のモデルも、中でカラカラと部品が遊んでいる音がしましたので
慎重に分解してみました。すると…

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素性不明なプラ製の車体側面が2枚出てきました…。

なんでしょう。コレ。

何はともあれ、3両とも無事に走行可能な状態となりました。

category: N(国鉄・JR)

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廃線跡探訪②-13 上田丸子電鉄丸子線 信濃石井駅跡  

上田丸子電鉄 丸子線 信濃石井駅跡です。

信濃石井駅は丸子線開業とともに設置され、
廃線とともに廃止されました。

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上田丸子電鉄 丸子線 信濃石井駅跡(推定) 大屋側から丸子町側を望む

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上田丸子電鉄 丸子線 信濃石井駅跡(推定) 丸子町側から大屋側を望む

この辺りが駅跡であったと推測しますが、痕跡は残っていません。
廃線路盤は道路に転用されており、はっきりとしていますので、このまま進むことにします。

(掲載写真は平成26年6月20日撮影)

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上田電鉄資料館に収蔵されている信濃石井駅の駅銘板

category: 上田丸子電鉄 丸子線

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廃線跡探訪②-12 上田丸子電鉄丸子線 大屋鉄橋跡  

上田丸子電鉄 丸子線 大屋鉄橋跡です。

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現在の大石橋。道路橋に生まれ変わっています。

丸子線開業時より当地には鉄橋が掛けられており、
名称は大屋鉄橋(千曲川橋梁)といいました。
当初は大屋側から台型アーチ4連とプレートガーター2連という構造でしたが、
昭和3(1928)年8月の洪水によってガーター部分が流出し、
その部分に九州から運んだ丸型アーチ橋が掛けられました。

丸子線廃線後は、そのままの姿で「大石橋」と名を変え道路橋に転用されていましたが、
平成13(2001)年9月11日の台風豪雨による増水で破損し解体され、
平成16(2004)年3月20日に対面2車線の道路橋として再建され、その姿を大きく変えました。

ちなみに「大石橋」の名称は橋の両岸の地名、大屋と石井の頭文字を取ったものだそうです。

(掲載写真は平成24年10月19日撮影)



鉄道橋時代に使用していた丸型アーチ橋は部材や構造が貴重な土木遺産であることから、
同じ丸子町内(当時)に移設され、現在も歩行者用の「りんどう橋」として利用されています。

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より大きな地図で 上田丸子電鉄 丸子線 を表示

category: 上田丸子電鉄 丸子線

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廃線跡探訪②-11 上田丸子電鉄丸子線 電鉄大屋駅跡  

上田丸子電鉄 丸子線 電鉄大屋駅跡です。

こちらは現在のしなの鉄道 大屋駅。

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しなの鉄道 大屋駅

大屋駅は明治29(1896)年、日本初の請願駅として開業した駅です。
それまでは諏訪地区の蚕糸業者が和田峠を超えて田中駅まで生糸を運んでいたそうです。
しかし田中駅までは距離があり不便だったため、養蚕業者・地元住民の請願により
街道と信越線の交わる最短地点に大家(現・大屋)駅が設置されました。

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日本初の請願駅であることを示す石碑。大屋駅前に設置されています。

この現在の大屋駅舎の東側にかつて電鉄大屋駅がありました。

上田丸子電鉄 丸子線 電鉄大屋駅跡

電鉄大屋駅跡は現在しなの鉄道所有の駐車場となっています。
大正7年の開業当初より貨物輸送の為のスイッチバック設備を有していましたが、
7年後の大正14年には上田東駅まで延伸し、交換駅でありながらスイッチバック方式という
珍しいスタイルの駅となりました。

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電鉄大屋駅跡 西側より撮影。

右手がしなの鉄道 大屋駅のホームで、その南側(左手)に丸子線のホームがあったそうです。

昭和31(1956)年に上田丸子電鉄の駅舎が完成し、改札が分離しました。
その後、丸子線廃線と共に廃止。駅舎が解体されたあと、駐車場に転用され現在に至ります。

(掲載写真は平成24年10月9日撮影)

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上田電鉄資料館に収蔵されている電鉄大屋駅の駅銘板

category: 上田丸子電鉄 丸子線

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廃線跡探訪②-10 上田丸子電鉄丸子線 東特前~大屋駅間 橋梁  

東特前駅跡のすぐ東側にアーチ状の石積みの橋梁があります。

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上田丸子電鉄 丸子線 橋梁 東特前~大屋駅間

この橋梁は丸子線時代のもので、現在もしなの鉄道が使用しています。

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南側から見たところですが、左上の踏切のすぐ西(左)側が東特前駅跡です。

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こちらは北側から見たところ。

デザインが同じであることから当時から国鉄と共用の橋だったのでしょうか。

category: 上田丸子電鉄 丸子線

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廃線跡探訪②-9 上田丸子電鉄丸子線 東特前駅跡  

上田丸子電鉄 丸子線 東特前駅跡です。

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上田丸子電鉄 丸子線 東特前駅跡

「東特」とは東京特殊電線 株式会社の略称で、
現在もこの駅跡の北側を走る国道18号線の道向こうに
東京特殊電線 株式会社 上田工場があります。

東特前駅跡はこの場所で間違いないです。
銀河書房 刊 「なつかしの上田丸子電鉄」(唐沢昌弘・金子万平 共著)の中で
当駅の写真が掲載されており、駅出入口にホーロー看板が写っていますが、
その看板がそのまま残されています。

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駅跡を示すホーロー看板



この本の発行元「銀河書房」は2001年頃倒産してしまって、
現在は古本で手に入れるほかありません。良い本なので非常に残念です。

category: 上田丸子電鉄 丸子線

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廃線跡探訪②-8 上田丸子電鉄丸子線 岩下駅跡  

上田丸子電鉄 丸子線 岩下駅跡です。

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上田丸子電鉄 丸子線 岩下駅跡(推定)

現在は痕跡がほとんど残っていないのですが、
偶然地元の方とお話しする機会があり、岩下駅の位置などをお聞きしたところ
「岩下の信号の所にある踏切を渡って、上田側に50m位行った所にあった。」
とのこと。その方は60代位の女性だったのですが、
岩下駅から丸子線に乗って学校に通っていたそうです。

当時の物ではなさそうですが、近くにはこういったものがたくさんありました。

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いったいなんでしょうか?


より大きな地図で 上田丸子電鉄 丸子線 を表示

category: 上田丸子電鉄 丸子線

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廃線跡探訪②-7 上田丸子電鉄丸子線 神川鉄橋  

上田丸子電鉄 丸子線 神川~岩下駅間の神川鉄橋です。

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現在のしなの鉄道線 神川鉄橋

当時は国鉄と丸子鉄道で別々の橋が架かっていたそうですが、
現在は上下線共に同じ橋を渡っています。

丸子線には2箇所の鉄橋があり、
大屋~信濃石井駅間の「大石橋」があまりにも有名で、
こちらの神川鉄橋はあまり注目されません。

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神川鉄橋を南側から俯瞰。 丸子線は国鉄の南側を走っていました。

category: 上田丸子電鉄 丸子線

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長野県庁で“鉄分補給”  

今日は仕事で長野県庁を訪れました。

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その際に偶然発見したものです。

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JR東日本 D51形498号蒸気機関車 形式プレート

説明板によると、平成20年11月に運行された「信越線開業120周年記念号」の
牽引機を務めた同型のプレート(レプリカ?)が長野県知事に寄贈されたとのこと。
現在は長野県庁のエントランスホールに展示されています。
私は当時「信越線開業120周年号」を長野駅まで見に行きました。
5年半ほど前ですが、なんだか懐かしかったですね。

こんなところで思わぬ“鉄分補給”ができて嬉しかったです。

category: 国鉄/JR

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