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廃線跡探訪 20-01-04-23 上田交通 真田線 北本原駅跡  

本原駅から真田方面に向かって最初の駅が当駅です。

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上田交通 真田線 北本原駅跡 真田方面を望む

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上田交通 真田線 北本原駅跡 上田方面を望む

本原駅の北に位置するため「北本原駅」とされましたが、
駅の設置された場所が本原村大字荒井であったことから
地元の利用者からは「荒井駅」と呼ばれていたそうです。

駅は2面2線の交換可能駅でしたが、
晩年は列車交換は行われていなかったようです。
廃止まで駅員配置駅で、切符を販売していました。

当駅前には「駅前食堂」があり、平成29(2017)年現在も営業中で、
当駅跡のランドマークとなっています。
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北本原駅「駅前食堂」

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駅前食堂の旧線路際には駅名板も設置されています。

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上田電鉄 下之郷資料館にある「北本原」の駅名板

昭和3(1928)年5月1日 当駅開業
昭和47(1972)年2月19日 真田傍陽線廃止に伴い当駅廃止

(掲載写真は平成26年6月3日撮影)


 

category: 上田交通 真田傍陽線

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廃線跡探訪 20-01-04-22 上田交通 真田傍陽線 本原駅跡(推定)  

上田から北上してきた真田傍陽線が
北東方向の真田線と、北西方向の傍陽線に分岐するのがこの本原駅です。

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上田交通 真田傍陽線 本原駅跡(推定) 真田方面を望む

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上田交通 真田傍陽線 本原駅跡(推定) 上田方面を望む

当初は北東線開業時の終点として位置付けられていましたが、
前にもご説明したように、伊勢山隧道・神川第二橋梁の難工事で、
伊勢山駅を暫定の終点として開業し、
約2ヶ月後の昭和3(1928)年1月10日にようやく当駅までの延伸にこぎつけました。

駅は2面2線の相対式ホームで、
分岐駅であることから交換設備を有していました。
開業から廃止まで駅員が配置され、切符を販売していました。
駅北側の線路配置は西から留置線・傍陽線・真田線の順となっていて、
北側から駅に進入する直前に傍陽線と真田線が合流していたそうです。

留置線には開業時のホームがあったようで、
南側に信号所を設けて列車交換をしながら、
当駅以北の工事を行っていたそうです。
昭和3(1928)年4月2日に傍陽線が開通すると南側に駅舎が建設されて、
ホームがあったところは区間運転の車両が待機する留置線となったそうです。

昭和15(1940)年頃には青木線で使用していた車両の廃車体が留置線の隣に置かれており、
昭和56(1960)年以降はブリキのスレート板で覆われて放置されていたそうです。

昭和3(1928)年1月10日 当駅開業
昭和3(1928)年4月2日 傍陽線開業と同時に駅舎移転
昭和3(1928)年5月1日 真田線開業
昭和47(1972)年2月19日 真田傍陽線廃止に伴い当駅廃止

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本原駅跡推定地横を偶然通りかかった上田バス 真田線 上田駅行。

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上田電鉄 下之郷資料館にある「本原保線分区」の標示

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上田電鉄 下之郷資料館にある「本原行」の行先表示板

(掲載写真は平成26年6月9日撮影)


 

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廃線跡探訪 20-01-04-21 上田交通 真田傍陽線 下原下駅跡(推定)  

殿城口から真っ直ぐ北に伸びてきた線路敷跡と
南西から伸びてきた国道144号線が合流する辺りに
設置されていたのが下原下(しもはらした)駅です。

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上田交通 真田傍陽線 下原下駅跡(推定)

単式1面ホームを持ち、駅舎に駅員が配置され切符を販売していたそうです。
朝夕は混雑が激しい駅だったそうで、廃線となった今も住宅地の真中にあたります。
駅名の由来は当地が「下原」地区であり、
その南部に設置されていたからというのが有力なようです。

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平成28(2016)年現在、駅跡(推定)には
「真田氏記念公園」が整備されています。

当駅より真田方面の線路敷跡は国道144号線に沿って伸びていきます。

昭和3(1928)年1月10日 当駅設置
昭和47(1972)年2月19日 真田傍陽線廃止に伴い当駅廃止
 
(掲載写真は平成26年6月9日撮影)


 

category: 上田交通 真田傍陽線

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廃線跡探訪 20-01-04-20 上田交通 真田傍陽線 殿城口~下原下駅間 線路敷跡   

殿城口を出た電車はやや左にカーブしながら、ほぼ真北へ向かいます。

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上田交通 真田傍陽線 殿城口~下原下駅間 線路敷跡(下原下方向を望む)

線路敷跡はほぼ道路に転用されているようです。
この道路は神科駅跡で別れた国道144号線に合流しますが、
突き当たった地点が次の停車駅跡となります。

(掲載写真は年月日撮影)


 

category: 上田交通 真田傍陽線

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廃線跡探訪 20-01-04-19 上田交通 真田傍陽線 殿城口駅跡   

神川第一橋梁を渡り切って直ぐの位置に設置されていたのが
殿城口(とのしろぐち)駅です。

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上田交通 真田傍陽線 殿城口駅跡

駅は単式1面ホームだったそうですが、駅舎に駅員が配置され切符を販売していた有人駅でした。

開業当初は「川久保駅」と称していましたが、
昭和28(1953)年に「殿城口駅」に改称しています。

昭和3(1928)年1月10日  川久保駅 設置
昭和28(1958)年     殿城口駅に改称
昭和47(1972)年2月19日 真田傍陽線廃止に伴い当駅廃止

(掲載写真は平成年月日撮影)


 

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