FC2ブログ
温泉電気鉄道 -空想の旅へ- 業務日誌 ホーム »上田交通 真田傍陽線
カテゴリー「上田交通 真田傍陽線」の記事一覧

廃線跡探訪 20-01-04-27 上田交通 傍陽線 本原~横尾駅間 線路敷跡  

sanada_22-2_motohara-yokoo_01.jpg
本原駅を出発した傍陽線は真田線から西側に分岐します。(写真左側が傍陽線)

sanada_22-2_motohara-yokoo_02.jpg
手前に分岐する下り坂が傍陽線の線路敷跡です。(本原(上田)方面を望む)

sanada_22-2_motohara-yokoo_03.jpg
少し進むと水路を跨ぐ箇所に傍陽線の橋脚が残っています。

sanada_22-2_motohara-yokoo_04.jpg
さらに進むと未舗装路となりますが、線路敷跡が続いています。

(掲載写真は平成26年6月3日撮影)
 

category: 上田交通 真田傍陽線

tb: --   cm: 0

廃線跡探訪 20-01-04-26 上田交通 真田線 真田駅跡  

真田線の終点、真田駅です。

sanada_26_sanada_01.jpg
上田交通 真田線 真田駅跡 上田方面を望む

終着駅らしくホームが長く、貨物側線も有していました。
駅舎はバスターミナルを兼ねており、
菅平高原や近隣の温泉地等へのバスが多く発着していました。

また、当駅から菅平方面の「大日向(おびなた)駅」まで
延伸計画がありましたが、こちらは残念ながら実現しませんでした。

廃止後も駅舎がバスターミナルとして使用されていましたが、
平成15(2003)年頃に解体されました。

国道沿いにホームの跡が残っており、駅跡が判りやすくなっています。

sanada_26_sanada_02.jpg
上田方面を望む

sanada_26_sanada_03.jpg
終点を望む

sanada_26_sanada_04.jpg
現在も上田~真田間を結ぶ路線バスの終着停留所となっており、
バスロータリーがそのまま使われています。

sanada_26_sanada_05.jpg
真田停留所

昭和3(1928)年5月1日 当駅開業
昭和47(1972)年2月19日 真田傍陽線廃止に伴い当駅廃止

(掲載写真は平成26年6月3日撮影)
 

category: 上田交通 真田傍陽線

tb: --   cm: 0

廃線跡探訪 20-01-04-25 上田交通 真田線 長村駅跡  

長村(おさむら)駅は駅員が配置され、交換可能駅として開業しました。

sanada_25_osa_01.jpg
上田交通 真田線 長村駅跡 真田方面を望む

次の真田駅が終点となっていましたが、
この真田線には延伸計画があり、菅平方面の「大日方駅」まで計画されていたそうです。
しかし、この延伸計画が頓挫したことで、
上田方面の上り線ホームが貨物側線に転換され、駅員も無配置となりました。
また、上田交通になってから駅舎も解体されてしまいました。

昭和3(1928)年5月1日 当駅開業
昭和47(1972)年2月19日 真田傍陽線廃止に伴い当駅廃止

sanada_25_osa_02.jpg

(掲載写真は平成26年6月3日撮影)
 

category: 上田交通 真田傍陽線

tb: --   cm: 0

廃線跡探訪 20-01-04-24 上田交通 真田線 石船駅跡  

旧・小県郡真田町の長村(おさむら)地区最初の駅がこの石船駅です。

sanada_24_ishifune_01.jpg
上田交通 真田線 石船駅跡 真田方面を望む

長村大字石舟に設置されたためこの駅名となりましたが、
石船集落の中心部からは外れていたためか、乗降客は少なかったそうです。

単式ホーム1面に待合室がある無人駅でした。

昭和3(1928)年5月1日 当駅開業
昭和47(1972)年2月19日 真田傍陽線廃止に伴い当駅廃止

sanada_24_ishifune_02.jpg

(掲載写真は平成26年6月3日撮影)
 

category: 上田交通 真田傍陽線

tb: --   cm: 0

上田市 上野が丘公民館 鉄道フェスタに行ってきました  

上田市 上野が丘公民館にて開催されました「鉄道フェスタ」に参加しました。
180325_uenogaoka_tetudou_fes_01.jpg
お目当ては、かつて上野が丘公民館のそばを走っていた
「上田交通 真田傍陽線」の廃線跡ウォーキングです。

上野が丘公民館>神科駅跡>上野が丘公民館>樋ノ沢駅跡>上野が丘公民館
の行程ということで、私が真田傍陽線で唯一正確な場所がわからなかった
「神科(かみしな)駅」の場所を知ることが出来るとあって期待していました!

午前10時に公民館駐車場で出発式があり、
早速、お目当ての神科駅に向かって歩き出します。
180325_uenogaoka_tetudou_fes_02.jpg
平成10(1998)年の長野オリンピックに合わせて上信越道が開通し、
この周辺は上田菅平ICが建設されたことにより一変してしまいました。
このガードの入口付近に神科駅があったそうです。
(私の個人的な予測はこのガードをくぐって50mほど先でした…。ちょっとハズレ。)
この神科駅の位置が分かっただけで、今回参加した甲斐がありました。

180325_uenogaoka_tetudou_fes_03.jpg
神科駅の位置が分かったので、おおよその廃線敷が分かりました。
この辺りを線路が横断していたはずです。

いったん公民館に戻って休憩の後、
樋ノ沢駅へ向かって歩いていきます。
180325_uenogaoka_tetudou_fes_04.jpg
こうして見ると、参加者は大勢いらっしゃいますね。
180325_uenogaoka_tetudou_fes_05.jpg
ゆっくりと歩く方にもペースを合わせて頂いて
小さな子供も十分付いて行くことができました。

180325_uenogaoka_tetudou_fes_06.jpg
途中、廃線敷であろうというポイントで説明して頂きますが、
この辺りは土地改良事業等ですっかり変わってしまっていて、
ほとんど痕跡がありません。

180325_uenogaoka_tetudou_fes_07.jpg
さらに歩いていきます。

180325_uenogaoka_tetudou_fes_08.jpg
この辺りも痕跡がありませんね。

180325_uenogaoka_tetudou_fes_09.jpg
途中、痕跡が残る地点で説明して頂きました。
この辺りは民地なので痕跡の残る箇所まで直接立ち入りはできません。

180325_uenogaoka_tetudou_fes_10.jpg
この先に路盤と思われる盛土が現存するそうです。

180325_uenogaoka_tetudou_fes_11.jpg
民地内の路盤から直接続く道路です。この道路は廃線跡の転用だそうです。

180325_uenogaoka_tetudou_fes_12.jpg
少し進んだ先に三角形をした不思議な形の公園があります。
ここも廃線跡のカーブの一部だそうです。

この先でやっとはっきりと廃線跡が現れます。
180325_uenogaoka_tetudou_fes_13.jpg
この道路は廃線跡の転用です。

180325_uenogaoka_tetudou_fes_14.jpg
道を挟んで民間会社所有の倉庫へと続く道が廃線跡です。
この辺りは、以前私も個人的に突き止めて歩いてきました。

180325_uenogaoka_tetudou_fes_15.jpg
本日終点の樋ノ沢駅です。
当時を知る方々の貴重なお話も聞けて良かったです。

今回、「信州上田鉄道愛好会」の赤松さんに解説して頂きました。
資料もお話も分かりやすくてとても良かったです。

また、機会があれば是非参加したいです。
 

category: 上田交通 真田傍陽線

tb: --   cm: 0

プロフィール

リンク

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

最新コメント

▲ Pagetop